森下先生最終講義
2024年 1月24日 13:00~14:30 姫路工学キャンパスA棟A202講義室にて、「学成らず不可逆過程」と題した 化学工学専攻教授 森下政夫先生の最終講義が行われました。
全国的に、あるいは世界的に、不可逆過程の熱力学の講義は正規カリキュラムでは実施されていません。この日、ご自身、最初にして最後の「不可逆過程の熱力学」を講義されましたので抄録します。
18世紀ワットの蒸気機関の発明によって産業革命が起こり、永久機関があるのかないのか、最大のエネルギー効率はいくらか、熱の科学が始まった。19世紀、クラウジウスは、時間無限大の可逆過程としてエントロピー(Srev)の概念を構築し、最大エネルギー効率を定義した。しかしながら、現実世界で起こる有限時間の不可逆過程の定式化には至らなかった。20世紀、プリゴジーヌらは、不可逆過程におけるエントロピー生成(Sirr)を定義し、有限時間におけるエネルギー効率の定式化を目指した。21世紀、温暖化対策に迫られ水素エネルギーの効率化が求められている。先生は、触媒を利用した水素生成反応のSirrを世界で初めて検討された。その結果、触媒の種類によって、Sirrの時間微分が激しく振動して、反応が遅延する場合、一方、その振動が抑制され、迅速に反応する場合があることを発見された。また、振動の抑制に磁性体が効果的であることを見出され、白金フリー触媒を開発された。ただし、Sirrとエネルギー効率との関係の数式化には至らず、「学成らず」の思いとのことです。
一方、不可逆過程に踏み込むために、可逆過程の平衡熱力学研究を研鑽されました。経済協力開発機構(OECD)パリ本部プロジェクト、文部科学省元素戦略磁性材料研究拠点プロジェクトなどに参画して、絶対零度付近から高温まで、固体から水溶液中イオンや電子のスピンに至るまで、熱力学諸量の全容を決定した経験を語られました。
森下先生の研究生活のキ-ワ-ドに「一つの」が当てはまると思います。前身の姫路工業大学3年生のとき、熱力学平衡論と反応速度論との相違を考察した「一つの」学生実験レポートが香山滉一郎先生の目に留まり、本学教員となられました。米国留学中に発表した「一つの」学術論文が世界的学会賞となり、OECD顧問に招請されました。
当日、学内の教員・学生だけでなく、学外からは研究室の卒業生やお付き合いのあった企業の方々にご参加頂きました。質疑応答の後、化学工学専攻から花束、研究室から記念品の贈呈が行われました。
昨年、森下先生は、低温固体アンモニアが常温常圧で安定になる「一つの」発見をされました。安全な夢の高密度水素貯蔵物質になりうる可能性を秘めています。この「一つの」発見により、4月1日より、国立研究開発法人 物質・材料研究機構で研究生活を継続されます。
今後のご健康とご発展をお祈り申し上げます。
山本 宏明(化学工学専攻熱化学研究グループ)